家もオフィスも持たず、トランク1つで東京都内を遊動。昼は東京のどこかで仕事をし、夜は東京のどこかで眠る、フリーエディター米田智彦による生活実験型プロジェクト。

NOMAD TOKYO LIFELOG

2011.1.28

5:37 PM

東京を旅して暮らし始めた。

6年間住み、生まれ故郷の福岡に次ぐ、第二の故郷となった東京・高円寺。

愛着のあるモノだけに囲まれて生活し、愛着のある街に毎晩帰りたい。そう思って、この部屋を借りたのが2005年初頭だった。
それ以来、多くの友人、行きつけの店が出来、本当に引き裂かれるような思いだったが、「全部を捨てないともう何も入ってこない」、なぜだかそんな袋小路状態にここ1、2年でなってしまっていた。
要は愛着のあるモノに囲まれ心地よすぎて、何ひとつ捨てきれない状態だった。何度トライしても大掃除もできなくなっていた。本能的に「こりゃいかん」と思った。

僕は学生時代から、狛江、世田谷、西麻布、横浜と2、3年おきに引越しをしていた。でも、高円寺だけは違った。「ずっとこの街にいてもいいや」。そう初めて思えたのだ。
20代の頃はずっとミュージシャンをやっていたこともあって、やっぱり音楽がある街、カルチャーがある街が好きだった。大型スーパーやチェーン店ばかりの街よりも、若い連中が一念発起して飲食店や古着屋やレコード屋をやっている、インディペンデント魂の塊のようなこの街がたまらなく好きになった。


しかし、ここでずっぽりはまっているわけにはいかない。やっぱり前に進まなければならない。ずっと、居心地のいい街でいることにも本能的に不安感を覚えるようになった。
特に僕はフリーランスの編集者だ。出版不況、世の中の不況とダブルでダメージを食らって、友人も転職したり、実家に帰ったりという人間が増えた。

「このままでは袋小路なだけだ」。その危機感。

僕は2005年から、TOKYO SOURCEというWebマガジンを仲間と運営してきた。テーマは「未来を面白する100人」。そのテーマで、会いたい人に会いに行く、というとてもシンプルなことを繰り返して、様々なジャンルで創造的な仕事を手がけている人たちへのインタビュー記事をアップしてきた。自分の住んでる東京という街の未来を面白くする力の源(ソース)を人であり、その彼らと併走したいという思いから続けてきたプロジェクトだ。
でも、未来を面白くするをテーマに活動する傍らで、僕は高円寺の1ルームマンションの日常にずぶずぶと埋没していくような感触があった。

学生時代、僕はバックパッカーの旅にもよく出ていた。知らない外国の街を放浪して、駅や空港を出て、今夜泊まる宿を適当に探す。そうやってアジアや欧州を貧乏旅行したものだ。あの時の、毎日が驚きの連続で、目に映るものすべてが新鮮だった感動、それは単なる若者のセンチメンタルな青春の1ページであって、大人になれば捨てるべきものなのだろうか。僕はずっと旅した時の、「いろんなものがはじめて」に遭遇して、脳や身体が活性するような感覚を忘れたくなかった。できれば死ぬまでそんな感覚を持っていたいと思う。

それから、考えていたのは、自分は九州・福岡出身で大学入学とともに上京して、人生の半分を東京で過ごしたが、自分の部屋以外だと、東京の中でもほんの一部の街でしか寝泊りしたことがない。仕事したり、飲んだり、通過した街はあっても、泊まったことのない街ばかりじゃないか。東京に住んでしまうと、なかなか東京を旅しないのだ。

そこで、僕は人生最後のバックパックトラベルを東京にしようと思った。


そして、これ最近常々思っているけれど、もう20世紀的な物質主義、経済至上主義、それに代わる価値観を叫ぶだけではなくて、自分が生活の中で実験してみるのもアリだと思った。要は僕らは、色んなものを大量に無意識に買わされ、手渡され、送りつけられ、そのものによって縛られている。大企業のサラリーマンがうつ病寸前でも会社を辞められないのは、一度手にした生活水準を落とせないからだ。でも、いい車が買えず、豪華なマンションに住めなくとも絶対に不幸せといえるだろうか??

日本経済は誰がどう考えてもこれからは縮小していく。政治家や経済評論家は経済成長を!と連呼するが、もう誰もがそんなこと無理だとわかっている。

ならば、楽しく、創造的にシュリンクしていくべきだろう。そのためにはアイディアや工夫、そして、僕たちの頭の切替が必要じゃないか。

・・・とまあ、こんなことを書いていても、もちろん仕事は大事だし、お金を稼ぐことはほんとにほんとに重要なことである。幸い、僕はフリーランスだから、PC1つ、電話1つあればどこでも仕事ができる。
そんなこんなで、気づいた時には家財を引き払い、どうしても捨てられない大切なものはトランクルームに突っ込んで、僕は東京を旅することにした。しかも仕事をしながら。


バックパッカーの頃は、一定期間働きお金を貯めて旅に出ていた。旅の高揚はすさまじかったが、いつも頭の片隅にあったのは、「いつか帰って仕事しなきゃいけないんだよな」ということだった。
でも今は違う。旅しながら暮らして、しかも働いている。毎日毎日どこでも働いて、そして出会った先の人と毎晩語らい、出会いが出会いを呼んで、僕は次の街にガラガラを引いてまた歩いていく。

そんな旅だけど、まあ一生やるわけじゃない。でも、今は楽しめるだけ楽しんでみようと思っている。

ツイッター上で「#nomadtokyo」というハッシュタグで、色んな宿泊部屋や仕事場からつぶやいている。
すると、「うちに泊まりませんか?」と誘ってくれる人がたくさんいる。
また、東京に住んでいても、東京にあるゲストハウスや旅館などは東京に住んでいる人間はほとんど知らない。そんなところにも泊まっていきたいと思う。



とりあえず、暮らしと仕事がセットになった旅が始まって、今は2週間あまり。今までは記録することが前提だと、旅を楽しめないような気がしていて、実は、本当に楽しいことはツイッターでつぶやいていなかった。でも、これからは本格的にレポートしていこうと思う。

この写真は、高円寺のマンションの荷物を出した最後のショットです。「人生最後のバックパック」はじまりはじまり。


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